横浜の行きつけの床屋とかつら談義を

横浜の行きつけの床屋とかつら談義を

やはり、男にとって「ハゲる」事は屈辱的としか言いようがない。
今まであったものがなくなってしまう、という喪失感もあるが、やはりこれはあるべき所にあるものがない、という恥ずかしさがあるからに違いない。
そこをかつらなどで隠してしまう方法もあるにはあるが、そもそも髪があるとないとでは自分自身の気持ちにも影響するのでこれが厄介だ。
実は、かく言う自分も横浜に生まれ育ってこの方40数年、そろそろ髪が危なくなってきているのである。
症状としては、前頭部から頭頂部にかけてのあたりが薄く、地肌が見えてきてしまっている。
だからまだ完全に「ハゲている」とまでは言えないが、確実に来ていることだけは間違いない。
しかし幸いにも、今の所は髪形でうまくごまかせる程度にとどまっている。
自分にはちょうど横浜市内に行きつけの床屋があって、そこの「分かっている」店主がうまくやってくれている。
ちなみに、この店主もなかなか来てしまっている方で、たまにハゲやかつらといった髪の話をする間柄だ。

かつらや髪の話題ができるのはその横浜の床屋くらいのもの

ところで、ハゲている人がかつらをかぶる事になぜ恥ずかしさを感じるのだろうか?自分もいつもの横浜の床屋ではハゲたらかつらをかぶればいいなどと話しているが、実際それをかぶるとなるときっと恥ずかしさを感じるに違いない。
人に聞いたりするまでもなく、何らかの方法でハゲを隠している事を人に知られてもいいと思う男性陣は少数派のはずだ。
自分も行きつけの床屋では頭の状態について話しはしても、それ以外の会社の同僚などと髪の話をすることはない。
これはやはり、日本ではハゲが劣った事であるという認識が広く持たれているからに違いあるまい。
そもそも「ハゲ」という言葉自体がほぼ悪口として使われている文化の中で「私はハゲです」「実はかつらをかぶっています」と申し出るのは勇気の要ることだ。
かつらがほしい、横浜で手に入れよう
そして「空気を読むこと」を大切にする日本文化の中では他人の欠点について敢えて触れないのがあるべき対応だ。
例の横浜の床屋のように直接髪に触れる立場であっても自分からそこに触れないと言っているくらいで、やはり髪の話題はある種のタブーと思われる。